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山には、山の神様がいらっしゃるのと同じように、田には、田の神様がいらっしゃいます。山に対しては、平地の神様でよいのではないかと思われるかもしれませんが、産土の神様の他に、野の神様、田の神様、畑の神様、などがいらっしゃいます。



野原は、自然のままですが、田んぼも畑も、人がお米や、特定の作物を実らせたいと願って作る土地だからです。自然の中には、たくさんの種が飛び交っています。アスファルトの道路などで、地面を覆ってしまっているところだけに住んでいると、気がつかないのですが、畑でも、宅地でも、しばらく手をかけないでそのままにしていると、あっという間に雑草が生い茂ってしまいます。



そんな中で、お米や野菜、果物など、特定の作物をこの土地に主に実らせたいと、人はそこに田んぼや畑を作りました。そして畑を耕したり、種を蒔いたりして、水田であれば田起こしをし、水を引いて、田植えをしていきます。



その「いいお米が取れますように」「いい作物が取れますように」という人の願いに応えて、田の神様、畑の神様が共にお力を出して下さるためです。



ですからなるべくその土地で取れた作物の種を使って、次の年の作物を作ると土地との相性も良く、虫なども寄せ付けない良い物が出来ると言われています。つまりその土地の田や畑の神様のお力が加わった物です。



最近は、その種も外国の種会社で作られたものを買って作ることが多いと聞きましたが、それはFI品種とかで、農薬などをたくさん使わなければならないように、さらに一年限りしか実らない、次の年にその種を蒔いても決して実らないように設計されているのだそうで、田の神様や畑の神様のお力は、ほとんど頂く事が出来にくい状態になっています。



種会社やさらに肥料や農薬などの会社の儲けのためには、必要な事なのかもしれませんが、自然栽培の方達は、はじめ自家採取の種を譲り受け、それを蒔いて土地との相性の良い種を作り出していくと、数年で肥料や農薬などに頼らない丈夫な作物が出来るのだと聞きました。


農薬や肥料が当たり前と思っているときには、はじめ不思議に思っていましたが、それが田の神様や畑の神様が加えて下さるお力なのだと思います。




特に田んぼは、「日本の国は、瑞穂の国」という言葉があるように、水田として他の作物とは異なる独特の作り方をし、そして実ったときには、「一粒一粒に神様の御霊を込めて頂く」と言われています。



それは単なる食べ物としてではなく、日本人の精神に大きな力、感性を与えてくれる力を持っています。どこの国も、その国の主食としての物はありますが、日本人にとってのお米はこうした特別の意味があります。



外国の人が不思議に思い、また感嘆する日本人の独特の感性や、精神力を養う力ともなっているのではないでしょうか。



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日本人は、子供のことを「子宝」といい、「神様からの授かりもの」という受け止め方をしてきました。



そして神様に、子供の成長を報告し、健やかな成長を祈る習慣がありました。



だから子供が生れると、命名したわが子の名前を神棚にご報告し、初宮参りや七五三のお祝いの時には、神社に出かけ健やかな成長を祈ったのです。



日本に昔からあるそうした伝統は、神様との大切なふれあいであると共に、お子さんの人生に新しい力を加えて頂く、大事な節目の時でもあります。



「三つ子の魂、百まで」「男女七歳にして席を同じゅうせず」という言葉がありますが、実は深い意味を持っています。



子供さんは、お七夜のときから、三歳の誕生日までは、「神様の懐の中で育てられる」と言われています。



実際には、昼も夜も、おっぱいを上げたり、オムツを替えたり、お母さんにとって、一番手がかかるときですが、そのときに真心をこめて子供さんに接していると、それは当の子供さんより、それを守ってくださる神様が、直接受け取られ、そしてその何倍も神様がお力を加えてくださる時期でもあります。



三歳前の記憶がある人は、ほとんどいないと思いますが、それは神様の懐に入っている時期だからです。



そして三歳の誕生日の時に、神様は、懐からそのお子さんを出して、大地に下ろし、そのときに新たに「三つ子の魂」と呼ばれる力を加えてくださるのです。



そしてそのとき加えていただいた三つ子の魂を七五三の三歳のときに、さらに祓い清めて、清らかに、健やかに、そして力強く育っていかれるようにしてくださっています。



そして五歳で、男の子は、男の魂を、七歳で女の子は、女の魂を授かります。


わかりにくければ、精神的な「男らしさ」「女らしさ」と受け取っていただいても、よいと思います。



生まれたときに、肉体としての男女は決まっていますが、精神的な男女の区別は、この七五三の時に授かるのです。



昔の言葉で「男女七歳にして、席を同じゅうせず」は、今の人が聞くと、とても封建的に聞こえるかもしれませんが、精神面でも、男女がはっきりと分かれるので、本来はそれに合った「男は、男としての」「女は女としての」教育が必要だという意味もあったのではないでしょうか。



単なる伝統行事と思われていますが、今、「男の魂」が入っていないために、テレビでも男の人が、女性の格好でそれを売りにしたり、女性が「女の魂」が入っていないために、貞操感やつつしみという感覚を持たず、援助交際や夜遅く道路で平気で寝てしまったりということが起きています。



いろいろな社会現象をその目で見ていると、「あぁ、なるほど」と思われることは、たくさん出ていると思います。



昔からの伝統行事の中には、その意味を知れば驚くような大事なことがたくさんあるのです。


氏神様(うじがみさま)と産土神様(うぶすなのかみさま)の違いをご存じでしょうか。 

第5話の「どの神社にお参りしたらいいの?」の中でも、「産土の神様の氏子(うじこ)になる」とありますので、「氏神様」と「氏子」なのだから、「産土の神様」=「氏神様」と思うのが当たり前かも知れません。 

産土の神様は、皆さんの住んでいる土地と、そこに住んでいる人たちを守ってくださる神様です。 

神様の世界で、その土地に関することは、全て窓口となって下さる神様です。ですから願い事なども、この神様を通じてされると良いのです。 

氏神様は、文字通り「氏の神様」です。自分の家筋を守って下さる神様と言ってもいいでしょう。 

私は藤原ですので、氏神様は、奈良の春日大社の天児屋根(あめのこやねの)神様です。一般的には、「春日の神様」と呼ばれている神様です。 

昔は奈良に都がありましたので、氏神様としても産土神様としても、同じ春日大社の神様でした。 

氏神様はどこへ行っても変わりませんが、その後、都が京都に遷りましたので、土地の神様は新しく住むようになった土地の神様に変わられました。こうして住所変更をするたびに、産土神様は変わられるのです。 

私の場合、氏神様は「春日の神様」のままですが、現在の住まいの産土の神様は、三嶋神社になります。事務所は、住まいからは少し離れたところにあり、そちらは八幡神社になります。 

昔は、鍛冶屋さんにしても呉服屋さんにしても、住まいと仕事場が同じ所でした。その場合は、産土神様も同じでよいのですが、今は自宅と会社の所在地が異なることが多いはずです。ですから、なるべく自宅だけでなく、会社の所在地を担当する産土神様にもご挨拶されるとよいのです。 

        今日の一日一言は、 


  830話 失敗を活かす人、繰り返す人

  http://soseinippon.way-nifty.com/blog/2011/05/830-aa14.html

 「神様のお姿が見える、神様からのお声が聞こえる」と言うと、皆さんはどう思われるでしょうか? チャネラー? 霊能者? 私自身「神様からこのようなお伝えが・・」と言うだけで、怪しげな眼で見られたり、「あぁ、霊能者ね」と片付けられてしまうことが多かったのです。

 いろいろな神社の宮司様方とお話を致しましても、「昔はそういうご神示とか、お伝えがあったかも知れないけれども、この文明の世にそういうことはあり得ない」と言われたのです。

 「昔の素晴らしく清らかな空気やきれいな水の頃でさえ、神様はいろいろとお伝えを下さったのに、今のようなこの世を、神様は『よし』とされるでしょうか。以前にもましてお伝えをしてくださっているのではありませんか」と申し上げても、なかなか理解出来そうにありませんでした。

 神社界の人でこうなのですから、一般の皆様に「眼に見えない世界からの声が聞こえる」と言うと、皆さんはどうしても霊能者かいかがわしいものと一律に感じているかもしれませんね。

 でも眼に見えない世界からの声は、神様からのお言葉もあれば、如来様や菩薩様といった仏界からのお言葉もあり、自分を導いたり、直接守ってくれる成仏されたご先祖様からの声もあれば、反対にまだ成仏していないご先祖様などからの訴えの声、俗に地縛霊と呼ばれる事故などで不幸にも命を落とされた方からの訴え、また動物霊からの働きかけまで、本当に千差万別です。

 本当の神様からのお声ではなく、動物霊に操られてはいませんか? 昔話で、旅人が夜、野原で饅頭を見つけて、喜んで食べたら、馬の糞を食べさせられていたという話がありますが、でもそれは、昔話だけではないのです。今でも、そういう働きかけはきているのです。

 テレビで霊能者と称する人が、出て行っているものの中には、私には「これが神様か?」と目を疑いたくなるような番組があります。

 ずっと以前に、なんと「私には、天照大御神様がのり移っている」という神様の化身と称する人は、スイカを割ってわしづかみにして食べ、そのあとにお酒を入れてがぶ飲みをするという志垣太郎さんの番組がありましたが、天照大御神様が、そのようなことをなさられるでしょうか。神様に対しても失礼なことですし、企画する人も放映する人も、一考すべきではないかと思います。

 今の世の、目を覆いたくなるような事件等についても、神様は大変憂いられ、お嘆きです。また、同じ神様と言いましても、本来の神様の他に、平安時代に魑魅魍魎のようなものまで、怖いものや不安なものを神に祭り上げてしまったものがたくさんあり、それに乗じていろいろな新興宗教が、信仰の自由に名を借りてはびこっていますので、皆さんとしては、一体何を信じればよいのか分からないという部分があると思います。

 そうした意味で、私がどのようにして神様に巡り会えたのかを披露申し上げ、素晴らしい日本人本来の姿に蘇って頂きたいと思い、『本当の神様を求めて』と題して、明日の立春祭を期してお伝えを致します。

 立春は、二十四節気の一つですが、神様の世界のお正月です。夏も近づく八十八夜とか、九月十日なども、この立春から数えてのことです。乞うご期待!

ずばり、親子です。肉体的には、目の前の父親、母親から生まれますが、その命の元を授けて下さるのは神様だからです。

人は、ある年齢になると男性ならば、  精子  女性は、初潮を迎えて、赤ちゃんを授かることの出来るように、自然と身体が変化していきますね。

ホルモンの働きとも言われますが、そうした身体の変化を与えて下さるのも神様のお力です。 

確かに男女の交わりで、受精したときに子供が出来ますが、「その精子は誰が作ったの? 卵子は誰が作ったの?」と問われると答えられますか。そして十月十日(とつきとおか)お母さんの体内にいて、人の身体と心を持って生まれてくる・・一個の受精卵からどうして人の身体になるの?

心臓や肺や、また目や耳や手足を作ったのは、誰? それが神様です。目の前のお父さんでも、お母さんでもありませんね。

人は神の子と言われるのは、もっと色々な意味からですが、『神の子』として誕生した子を、「自分の子なんだからどうしようと自分の勝手」ということ自体、本当は「神をも恐れぬ行為」ではないでしょうか。

子供は、天からの授かりものであり、神様からの預かりものです。大切に育てて行きたいものです。

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