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誕生日と言うと、まず何を思い浮かべられますか。


家族などに祝って貰う、何かプレゼントをもらい、おいしいものを食べる。



ただある時(気付いた時からで、何歳からでも)からは、親に祝ってもらうだけでなく、自分の方から、親に「自分を生んでくれてありがとうございます。」と、ご両親に感謝の気持ちを伝える日にしても良いのではないかと思います。



特に母親にとっては、命をかけての大仕事をして、自分をこの世に送り出してくれた日なのですから。



「誰が産んでくれって頼んだんだよ」などと悪態をついていた子が、ある日「産んでくれてありがとう」と正反対のことを言われると、驚かれるかもしれませんが、言ったご本人にとってもいい意味で人生が正反対に動き出す一言のはずです。



人は、往々にして自分だけで大きくなったかのように思い、親は自分に尽くしてくれるのが当たり前と思いがちです。ですが自分が今日まで育ってこられたこと、産まれてきたことに感謝を出来ることで、必ず「産まれてきて良かった」と思えるような人生に変わっていくはずです。



「人生なんて、おもしろくも何ともないや」「何をやったらいいんだ」と思っている人生から、生まれ変われる日にしてみませんか。



さらに、神社に詣でて、神様に


「本日が、私の誕生日です。今日で何歳になりました。


誠にありがとうございます。


そして今後ともどうぞよろしくお願い致します。」


というお礼とご報告のお参りをされたらよいと思います。



誕生日は、ただその日で一歳年を重ねたというだけでなく、天命との深い関わりのある日です。



実は、誕生日は、自分の天命との再調整が出来る日なのです。


人は誰も、生まれたときの星回りを持ち、なすべき事を託されて誕生していますが、にもかかわらず、それにそった生き方が出来ている人はほとんどいません。



何十年と生きてきても、「まだ自分が人生において何をすべきなのかが分からない」という人が多いはずです。



自分は何のためにこの世に生まれてきたのだろうか。


生きている間に、何を成し遂げるべきなのだろうか。



一年でも早く、本来の自分の天命に気がつき、


それに向かって進むことで、人生の充実は変わるはずです。



私の所でも、誕生日の本当の意味をお伝えしてからは、その当日に神様にご挨拶に来られる方が少しずつ増えてきています。



私の所では、「誕生日としての、間釣り合わせ(軌道調整)」つまり人生の軌道から外れないようにすることと、


「○歳としての、間釣り合わせ」つまり次の誕生日まで一年間がうまくいきますようにとの両方をさせて頂いております。



人生には、時には苦しく「産まれてこなければ良かった」と思いたくなる時もあるかもしれませんが、どんなときにも自分をこの世に産み出してくれた大きな存在(目の前のご両親だけでなく)があることを忘れずに、乗り越えて頂きたいと思います。



必ず「産まれてきて良かった」と思える日が来ますから。


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11月23日は、「勤労感謝の日」として国民の祝日になっていますが、神道では「新嘗祭(にいなめさい)」と言って、一年の収穫に対して神様に感謝を捧げるお祭りの日です。



一般に、農作物の感謝祭と思われていますが、農家の方だけに当てはまることではなく、全ての人に当てはまるお祭りになります。



新嘗祭は、二月の祈年祭(きねんきい)(祈願祭)と対になっています。つまり二月の祈年祭で、その年に叶えてもらいたいことを祈願し、それに対して神様に感謝を捧げるお祭りです。



本来は五穀豊穣を祈願するものでしたが、これは単に農家だけでなく、国民生活に関係するものなので、農業を中心としながら国民全体の祈願とし、それに対する感謝の日が、新嘗祭なのです。


 


そこで願いが叶ったことはそのままお礼を申し上げ、まだ途中の事については、「引き続きよろしくお願い致します。」と申し上げるのです。


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鹿島の神様は、武の神様です。それまで何人もが出かけて成し遂げられなかった「国譲りの談判」を成功させ、後の「天孫降臨」に結びつけた神様です。



国譲りの談判の中では、出雲の地、稲佐(いなさ)の浜が舞台ですが、そこに鹿島の神様は、国を譲ることは出来ないと立ちはだかったタケミナカタの神様(現在の諏訪神社の神様)の前でその浜に刀を突き立てて「国を譲るのか、如何に」と相対しました。



タケミナカタの神様は、力の強い神様でしたので、「いっそのこと力比べをして、決着をつけよう」と鹿島の神様の手を掴みましたが、たちまちそれが氷の柱となり、また剣の刃と変わってしまったと言われています。タケミナカタの神様は、とても叶わないと諏訪の地まで逃げて、国譲りを承知しました。




そして「天孫降臨」がなされましたが、鹿島の神様のご神徳は、その後にもあります。



さらに時代が過ぎて、神武天皇や皇軍が、熊野に行ったときに、悪い者に毒気を当てられて、苦しんでおられるときに、高天原の神様(高木神様と天照大御神様)から、鹿島の神様に『葦原中津国は、ひどく騒がしいようである。わが御子達は、病み、悩んでいるらしい。あの葦原中津国は、もっぱらお前一人が平定した国である。だからお前、建御雷神(鹿島の神様)が降るのがよろしい』と仰せになりました。



鹿島の神様は、それにお答えして、


「私が、降らなくても、もっぱらあの国を平定した太刀がありますので、この太刀を降しましょう。この太刀を下界に降ろそうとする方法は、高倉下(タカクラジ)の所の蔵の棟に穴を開けて、そこから落とし入れましょう。」と申し上げました。



そしてタカクラジに向って「朝起きがけに、良いものを見るというように、お前がその太刀を見つけ、持って参って、天津神の御子に献上しなさい」とお伝えになりました。



タカクラジは、翌朝、夢のお告げの通り、ご自分の蔵を見ますとまさしくその太刀がありました。



そしてタカクラジが、一振りの太刀を持って神武天皇のところにいき、その太刀を高く捧げたところ、倒れていた人が次々と起き上がったと言われています。



この太刀は、布津御魂の剣(ふつのみたまのつるぎ)で、石上神宮のご神宝です。



武の神様だから、開発、開拓が出来るのです。


物事のはじめには、道がついておりません。そして行く手を遮る悪いものなどもたくさんいます。それを平定して、後から来る人が滑らかに進むことが出来る様に道をつけることも、武の神様ならではです。



神様の世界でも、『鹿島立ち』と言って、まず鹿島の神様にお参りします。


私達も大事な行事の前には、「鹿島神宮」に参拝してから始めることが多いのです。



        天孫降臨のお話しに関心がおありの方は、小冊子が出ています。


「天孫降臨の真実」http://www.koshinto.jp/ 小冊子のところをご覧下さい。



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だいぶ前になりますが、その当時、日本の中でも花形的に注目されていた会社の社長さんから講演依頼を受けたことがあります。一般的には、そうしたことをきっかけに、その経営者とお近づきになれたら、いろいろな面でとても良いのではと思いますね。



しかし神様からストップがかかってしまいました。「あの会社は、神、仏と言えども、金儲けになるとあれば、平気で金儲けの道具として使う(神具、仏具屋さんではありません)。どんなに金持ちであっても、あの社長の魂は乞食故、行ってはならぬ。」というお伝えでした。



「えっ?もったいないのでは・・」と瞬間、思いましたが、神様からのお伝えは絶対です。すぐに丁重にお断りして、結局先方には行きませんでした。



ところがその直後に、「○○組というやくざのところから、依頼があった時は行って話してきてよい」と言われたのです。「は?」と思いましたが、続けて


「今、やくざの世界に入っている人でも、本来進むべき方向、生き方を誤ってその道に入ってしまって人も多い。そうした人達が、そなたの話を聞いて、はっと気がつくことがあれば、価値がある。」と言われたのです。




歴史をみても戦国時代等の武家社会や、戦争中などには、武将、武人が大活躍をしました。しかし戦が終わり、平和な時代になったときに、こうした戦上手な人に出世の糸口や、力を発揮できる場所はなかなか見つかりにくいものです。



「武人」としての素質を持った方は、平和なときには、警察官か、自衛官以外は、あまり活躍の場は少なく、気がついたらヤクザに入ってしまっていたということもありえるのです。



『武』という字は、戦うという意味よりも、「戈(ほこ)」を「止める」という意味を持ち、「武人」は、戦、争い、混乱などを治める役目とも言えます。



ですから災害などの緊急事態に対応する時には、素晴らしい力を発揮します。阪神淡路大震災の時に、山口組の人達が被災された方達に大変に素晴らしい救援活動を行なったのだということを、神戸にお住まいの方からお聞きしたことがあります。



特に女性の生理用品や赤ちゃんの粉ミルク、おしめなど、普通では気がつきにくいところまでの気の配りようであったそうです。



今、世界的に地震、大津波などをはじめとしての天災が多発していますし、また世の中の混乱を治めたり、今までの旧悪を壊して、新しい世の中を切り開くためには、「武人」としての素質を持つ人は、いい意味で大変に大きな力を発揮出来るのです。



ちなみに京セラの稲盛会長も、若いときに就職先がなかなか決まらなかったときに「世の中はどうしてこんなに不公平なんだ。どうせまともな職に就けないなら、いっそのことインテリヤクザにでもなってやろうか。こんな不公平な社会よりも、仁義に厚いヤクザの世界の方がよっぽどましだ、と繁華街にある組事務所の前を行ったり来たりした。」というお話しが、自叙伝としての本に載っていました。


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