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二見浦(ふたみがうら)の興玉神社(ふたみがうら)は、海の中に見える夫婦岩(めおといわ)が有名です。大きな岩と、小さな岩の所にしめ縄が張られ、5月から7月の間は二つの岩の間から朝日が昇り、拝むことが出来ます。また天候に恵まれた時には、海の彼方に富士山も拝める場所でもあります。

一般的に、海中の二つの岩は、日の大神様を拝むための鳥居の役目をしていると言われていますが、夫婦岩には、まさに夫婦としてのとても大切な意味も含んでいます。

二見浦の夫婦岩は、『大小の岩を二つ見ることが出来るから二見』なのではなく、『結ばれた男女が、二人でご一緒に見るから、二見』と言うのです。

夫婦岩は、満潮の時には二つの別々の岩の様に見えますが、干潮の時には岩の一番下まで海の水が引き、海の下の大地として一つに繋がっているところを見ることが出来ます。

それは結ばれた男女の姿でもあります。二つに分れているように見えても、水面下、大元の魂はしっかりと結ばれている姿だからです。

男女の肉体的な結びつきだけで、子供が生まれるように見えますが、その時に魂も合体します。そして魂が合体する事で、新しい魂が生み出されるのです。それを産霊(むすび)といいます。

神様のお名前でも、産霊(むすび)というお言葉を含む神様がいらっしゃいます。地球の始りの神様で、地球最高神である天御中主神様(あめのみなかぬしのかみさま)と共に、造化三神と呼ばれるお二方の神様です。
高御産霊神様(たかみむすびの神様)、神産霊神様(かみむすびの神様)とお呼びします。

生まれてくる子供も、外見は全く同じに見えますが、単なる肉体だけの結びつきで生まれる子供と、魂の合体をも伴って誕生する子供に分れます。そこに結婚式の持つ重大な意味があるのです。産霊(むすび)の力を授ることが出来るからです。これは神様の前での結婚式のことです。どんなに豪華な披露宴をしても、神前の結婚式をしていないと意味がないのです。

新婚旅行は、海外に行かれる方が多くなりましたが、新婚旅行そのものでなくても、ご結婚後に伊勢神宮と二見浦の興玉神社に、お二人で出かけられ、ご結婚のご報告を神様にすると共に、改めてお二人の愛を誓い合ったらよいと思います。

二人で並んで朝日の昇るさまをご覧になると、左右に動いても、海面上の朝日は、どこまでも同じように動いて見えます。ここにこそ、神の道に繋がる奥儀があるのです。

そこで男性は、「この女性を、永遠に愛することを誓い」、女性は、「(欠点も含めて)夫の全てを喜びを持って受け入れます」と誓うのです。ご一緒に生活していると、良い面ばかりではなく、互いの欠点も目につき、時にはけんかや、仲違いをしたり、相手を責めたり、心が離れたりする時もあるかもしれません。
そんな時こそ、この時の『二見の誓い』を思い出すのです。

ただ肉体だけでの結びつきではない、再び朝日が昇るときのような希望や復活が出来、優しい気持ちもなれます。

伊勢の道は、もともと『夫婦和合の道』とも言われています。イモヲセの道から、妹背(イモセ)の道、イセの道、伊勢の道と言われるようになったのです。
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お彼岸のお中日は、春・秋それぞれ春分の日、秋分の日といい、昼と夜の時間が同じ日だといわれています。そしてその日を境に、日一日と、昼が長くなる、あるいは夜が長くなっていきます。

「太陽は、東の空から昇る」と言われますが、季節によって水平線、地平線から顔を出す位置が大きく変化し、真東から昇るのは、この春分・秋分の日だけです。ですから「この日は、太陽と東西南北の方位がぴたりと合う日」ということになります。

そこで神道では、この日に春季皇霊祭、秋季皇霊祭という御祭を行います。        
太陽の神様である天照大御神様の直系の子孫としての歴代の天皇様の御霊を通じて、神様に通じる日なのです。

その日には、まず歴代のご皇霊(歴代天皇の御霊)に遙拝(ようはい)をした後に、それぞれのご先祖様のお供養を致します。                    
                             
この御皇霊への遙拝には、深い意味があります。      

お彼岸の中日に、歴代のご皇霊に対し、ただ「御霊安かれ」とお祈りをするだけではなくて、皆さんが歴代のご皇霊に心を向けることによって、繋がるものがあり、それによって電流が流れるように、歴代天皇様を通じて神様から頂くものがあるのです。それは、皆さんの魂の中心部分に入れて頂くものです。               
                             
これは、自分だけではなくて、自分を通じてご先祖の方々も受けることが出来るものです。今は、本家、分家という繋がりは、大変に希薄なものになっていますが、人は一人だけで生きているのでもなければ、一家族だけで生きているのでもありません。

やはり自分から、家族へ、家族から一族へという繋がりの中で、支え、支えられて生きていくことで、一人だけではとうてい出せない力に守られることになります。

親戚間のおつきあいというのは、時に面倒なこともありますが、血のつながりというのは、言葉では言い尽くせないほどの強い絆でもあり、ましてその背後のご先祖様に通ずることで、肉体的な血の繋がりだけでなく、さらに霊魂としての絆も、強まることになります。

やはり中心の本家筋より、また分家であっても分家の中心より最終的には本家に通じるようにとの思いで行って下さい。そうすれば本家に通じたものを更にその大元の本家を通じて、やがて神様の所にまで通ずることが出来るのです。                    
                             
さらに家筋の途中で養子、養女という形でやむをえず本来の血と霊(肉体的なものと霊的なもの)が異なった場合であったとしても、家筋として繋いで下さる時でもあるのです。             
                             
お彼岸の中日には、以上の意味合いをも含みます。 


* お彼岸の間・皇霊祭に、両手を合わせる意義について
                             
皇霊祭のあるお彼岸の中日は、春分・秋分の日でもあり、この日は昼と夜の長さが同じということで、左右対称です。

一方、身体の方におきましても、前後とか左右という捉え方があるのですが、この身体のバランスも、昼夜が均一であるように全体を均一にして下さる日でもあります。         
                             
殊に、皇霊祭ということで、大元に近づく日でもありますが、お彼岸期間中にそうした全部を正して下さり、中心に心棒を入れて頂けるのです。                     

この日は、しっかりと手を合わせることに格別の意味があります。これは、両手の五本の指と指も全てピッタリと合わせ、掌に隙間があかない迄に合わせます。           
                             
このように手を合わせることによって、頭上から頭の両側、こめかみの方にまで光が入って来て、頭が大変冴えてまいります。更には、この時に人の身体の真ん中から筋が出来て合わさる感じがあり、両側から素晴らしい神様の光が入って来て、左右のバランスが正されるのです。  

お彼岸の期間中であり、春分・秋分の日には、特にそれが中心となるということです。                
                             
左右の手を合わせることによって、正せるものはほとんど正せるようですが、お彼岸期間中毎日、一日一日積み重ねることによってということのようです。                

また、ぴたりと中心に合わせることにより、肉体的にも、霊的にも、中心へ繋がるものを頂くことが出来るのです。

どうぞご先祖様から神様に繋がる、良いお彼岸をお過ごし下さい。
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九月は、お彼岸の月でもあります。
ご命日やお盆、お彼岸は、亡くなられた方を忍び、ご先祖の方と心通わす日本の昔から伝わる伝統です。

日本にこうした伝統が長く受け継がれてきた中には、日本人は昔から人は亡くなっても、その霊魂は生き続けているということを自然に感じていたのではないかと思います。

亡くなられた方との思い出を忍び、「ありがとう」「一生懸命育ててくれたのに、ろくな親孝行も出来ずにごめんなさい」など、自然に語りかける気持ちとともに、「あの世でも、元気で過していて下さい」と自然にそういう思いになる方も多いと思います。

今年のお彼岸は、九月十九日より二十五日までの、七日間です。亡くなった方があの世から出てこられる時は、一年の中で、ご命日と、春、秋のお彼岸、そしてお盆の時の年四回だけといわれています。

お盆の時は、迎え火を焚いて家のお仏壇の所にお迎えをし、お彼岸の時にはお墓にお参りをして、ご先祖様のご供養をさせて頂きます。

今回はお彼岸の話ですので、お彼岸について昔から言い伝えられている言葉の意味なども含め、皆さんからよく聞かれるご質問にお答えする形でお話をしたいと思います。
                             
                              
【Q】
お彼岸入りの前に準備しておいた方が良いことは? 
また、お彼岸入りには「入り花を折らぬ」と俗に言われていますが、どういうことなのでしょうか?     
                             
【A】
本来は、お彼岸になってからお墓の掃除などをするのではなく、お彼岸には先祖の方々が皆お墓に戻られるため、その前日までに掃除を終えて、花を供えて待つ程の心掛けが望ましいということです。  
    
しかし、都合によっては前日までに出来ないこともあるでしょうから、当日でもかまいません。      
                             
要は、先祖に対する供養の心が大事であるということを言っているのです。               
お彼岸期間中は、出来る限りお墓参りをされるとよいです。近くの方でしたら、毎日でも参られたら良いくらいです。                 
 
お墓が遠方にある方は仕方ないのですが、それでも日頃のご無沙汰を詫び、心より供養をなさって下さい。 
                             
【Q】
お彼岸のお墓参りは、何時頃行けばいいのでしょうか?
                             
【A】
お墓参りは朝が一番良いので、なるべく午前中に行くのがよいでしょう。            
 
やむを得ず午後に行く場合は、四時までに終えるようにして、四時を過ぎては行かないようにして下さい。これは、墓地で迷っているいろいろな霊に縋られるのを避ける為です。

なお、墓地に赴く時には、ご神紋をお持ちでしたら、身につけて行くようにされた方が無難です。
                             
【Q】
お墓にお供えしたお下がりを、頂いても良いものでしょうか? 子供が、お下がりを食べたがります。   
                             
【A】
お彼岸中は、お彼岸饅頭を供えたりする地方もあり、お子様などはそういう物を食べたがりますが、お彼岸の時期というのは、あの世の霊層界でいうところの餓鬼・畜生・修羅の世界の人達がいっせいに皆出て来ており、霊的で目には見えなくても、そういうものがガツガツして食べたお下がりを食べることになりますので、食べないで下さい。                   
                             
これは、お盆の場合も同じで、お盆は地獄の人達までが来る訳ですから、お位牌に御供えした物であっても、もったいないようですけれども、食べずに処分して下さい。お子様には、同じ物を別にご用意してあげて下さい。
                             
お位牌にお入りになっているご先祖様は、ある程度高い方々ですので、普段はお下がりを頂くことが出来ます。

しかし、墓地のお墓の場合には、自分の家筋の先祖以外にも大勢の諸霊がいる所なので、時期に関わらず一切召し上がらないようにして下さい。         
                             
また、お墓に御供えした物をそのままにしておきますと、カラスや猫などが食べに来たりしますが、そうしたものだけではなく、目に見えないところでも、動物霊などが寄りついて来ることがありますので、十分~十五分くらい御供えしたら「お下げさせて頂きます」とお言葉掛けした上で、紙やビニ-ル等に包み、墓地にあるゴミ箱などに入れる様にして下さい。          
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今、世の中を導くはずの政治家などに、大物がいないと言われています。それは、いったいなぜでしょうか。世の中を導く人は、自分の為の利害得失から判断するのではなく、世の中全体の大きなところから物事を見て、判断し、進めていかなければなりませんが、それが出来る人がほとんどいらっしゃいません。

それとはまったく相反する社会の風潮や教育そのものが、「自分さえ良ければいい」「出世できればいい」「金儲けが全て」という風潮を生み、それが知らず知らずに人の土台となってしまっているからです。

しかしそれと同じくらいに、いやそれ以上に、世の中に大物がいないのは、実は人の出産の時に原因があるのです。一般に、子供さんがお母さんのお腹の中にいるのは、十月十日といわれます。しかしそれを超えて、遅れて産まれてくる人がいます。十月十日よりも長い間お腹にいる人は、特別の役目を貰っています。これは、産まれてくる直前に与えられるのです。

胎児のときに、まず一番先に入るのは、人の世界に生まれて、生きていけるかどうかという肉体的なものから揃っていきます。ですから非常に体重の少ない人でも、生きていけると言うのはそこにあるのです。しかし生きて行くのがやっとですから、天命であるとか役目と言うのは、その人の中に入っていないことがあります。なぜかと言ったら、そうしたお子さんは、大体十月十日お母さんのお腹の中にいないのです。ほとんどの場合は、それよりも早い時期に生まれてしまっているからです。

やっと十月十日近くになって、その人の天命に必要なものが入っていきます。たとえば音楽家になる天命としての方なら、人より優れた音感や他の人では聞き分けられないような音の聞き分けなど、ただ耳が聞こえるというだけでない素養が入っていきます。それと同時にその人個人の天命としてのものが入っていきます。

さらには生まれた家筋であるとか、長男として家の跡取りとしての役目などが入っていきます。はじめの子は、お産の道がついていないから、予定日より遅れると思われていますが、それだけではなく家の跡取りとしての役目が入る分だけ十月十日よりも遅くなるのです。

今は、子供はみな平等だという育て方をし、そして財産分与なども法律的には均等に相続することになっていますが、先祖からのお墓やお位牌などを受け継ぎ、家筋としての後を取る役目というのはあるのです。

それ以上超えた人が、地方公共団体を導く役目をするとか、国家を担う役目をするとか、人類を導く役目をするという方が、現れることになっているのです。

ところが「十月十日の予定日だから、薬で出してしまえ」とか、「もう二、三日したら俺ゴルフに行って遊ぶのだから、その日になったら困るよ 先に出しておこう」ということをするわけですから、この特別の役目を貰う人を、全部お産のときにその天命が入らないまま生まれてしまっているのです。

そうすると神様が、「その人に、この国家を救えという役目を与えよう」としていても、みんな途中で出されてしまうから、神様のほうが大変にお困りになっておられるのです。この人に託そうと思ったのに、また産婦人科が出してしまう。次誰にしようかということで、何年も掛かっているのが現状です。

本当に国家を救うような子供さんを世に送り出して欲しいなと思います。

今から若い方々はこういう意味で、絶対に十月十日以上、自然出産をさせてくださいと言って欲しいのです。産婦人科の人は、「もう十月十日になるから、もう二、三日前だからいいだろう」といっても、「駄目です」と言わないといけないのです。妊娠期間の後になればなるほど、大事な役目が入るのです。そこのところを絶対に忘れないで頂きたいのです。
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